脳性麻痺(まひ)のヒロヤスが「歩くこと」で感じてきたこと

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脳性麻痺(まひ)という身体障がいは、筋肉の緊張が強くなりやすく、成長とともにだんだんと歩きにくにくなっていくことが多いと思います。今回は、脳性まひ当事者である、ぼくヒロヤスがPCWという歩行器で歩いていた頃から電動車椅子を使うようになるまでの経験を振り返ってみたいと思います。

今、ぼくは、電動車椅子で生活しています。小さい頃からずっと車椅子だったわけではありません。こどもの頃は「PCW」という歩行器を使って足で歩いていました。

この記事のキャッチ画像は、ChatGPTを使用して作成しました。

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歩行器で歩いていた子ども時代

ぼくが歩行器を使って歩いていたのは、主に4歳から13歳ごろまでです。養護学校、今で言う特別支援学校の中学部1年生までは、PCWを使いながら学校生活を送っていました。

子どもの頃は、今よりも筋肉の緊張が強くなく、体も比較的動かしやすかったため、歩行器を使えば活発に移動することができていました。歩くことは大変ではありましたが、「自分で移動できる」という感覚があり、毎日の学校生活の中で歩いていました。

成長とともに強くなった筋肉の緊張

しかし、年齢を重ねるにつれて、少しずつ体に変化が現れ始めました。体が成長していく一方で、筋肉の動きがその変化についていけなくなり、以前のようには歩けなくなっていったのです。学年が上がっていくと、外に出ていくことも考えていかないといけなくなっていくんですが、筋肉の緊張も徐々に強くなり、歩くたびに体への負担が増えていきました。歩行器を使っていても移動が大変になり、「歩くこと」が以前よりも大変なものに変わっていきました。

電動車椅子という選択

将来の生活や社会に出たときの移動手段を考えた結果、ぼくヒロヤスは中学部1年生の頃から電動車椅子を使うようになりました。

電動車椅子を使うことで移動の負担が減り、自分で行ける場所や行動範囲も広がりました。結果的には、自分らしく生活していくための大切な選択だったと思っています。

脳性まひは、子どもの頃と大人になってからで体の状態が変化することがあります。歩けていた人でも、成長や加齢によって歩きにくくなることは珍しくありません。だからこそ、その時の自分の体に合った方法を選ぶことが大切なのだと、ぼくヒロヤスは感じています。

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